前回は、「屋台の提灯、なぜ 赤い」など、目に見える色の 話だった。今回は、目に見えぬ 色の話である。 「知らぬが仏、知るが煩悩」と言う。知ると腹が立ったり、 不愉快になったりすることも、知らないがゆえに平然と仏 様のように過ごすことができるの意である。他に、本来 知っているべきことを知らないで居るから平気なのだと嘲 笑の意を込めて用いることもある。これより「知らぬが仏」 ~「知るが煩悩」へと導く話をしよう。≪以下は卓話の要 点である。≫ ・「へのこ」 地名は漢字で「辺野古」であるが、平仮名 表記の方である。これを蜀山人は「なりも似て一字違い は木の子なり」と説明した。江戸川柳では、「押し入れで へのこ拭いてるこわいこと」と詠んでいる。ロシアで「お猿 の篭屋」を歌って顰蹙を買った話も聞く。「ホイサッサ」は 「へのこをしゃぶる」の意だとか。またドイツでは「もしもし 亀よ」の歌を、スペインでは「チョウチョ、チョウチョ」の歌を 歌わないほうが無難。タイではウェイトレス(昨今は男女と もウェイター)にコーヒーを注文する時、日本流に「コー ヒー」と言えば彼女はびっくり赤面。正しく英語の発音をし よう。日本でもサザンオールスターズの「チャコの海岸物 語」が四国の一部では歌うのが禁。不快感を与えるから という。フランク永井も「夜霧に消えたチャコ」で「チャコ、 チャコ」と何度も声を大にして歌っていた。これも知らぬ が仏だったのだろう。 ・「正月や、正気でしたがるやりたがる娘もしたがるカルタ 取り 二月や逃げる女中をひっつかまえて無理やりさせ るは拭き掃除(以下略)」女性目線では何の変哲もない 情景の歌詞であるが、これを男性はニヤニヤ風情で歌う のである。男性は自分のモノをムスコと言うが、女性には そんな感覚はない。その差が歌の受け止め方の違いな のだろうか。 ・川柳の創始者は江戸期の俳人 柄井川柳である。川柳 の中で「下にしてくれなと女房せつながり」「死にたいの に の字を抜いてほしいのよ」のような句を「艶笑句」または 「破礼句」と言った。江戸川柳では浮世絵と同様、モノを 大きく表現した。ほの暗い塔芯の世界での夢だったから か?《江戸川川柳・破礼句十六区と現代好色川柳十五 句を紹介し、古今著聞集や閑吟集にある音の色々を紹 介した》 「二つ文字牛の角文字直ぐな文字とぞ君は覚ゆる」 徒 然草には、二つ文字→「こ」、牛の角文字→「い」、直ぐな 文字→「し」、曲がり文字→「く」とある。「これからはどこで すべえと麦を刈る。色ごとを明るいものとしてユーモラス にとらえている。道徳倫理の本質を脱してはいけないが、 先人のように川柳にして笑いと脱力感を取り戻すことも 必要ではないだろうか。