桜井ロータリークラブ

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卓話「私の人生」2021-22年度 桜井RC 幹事 平井 勝也(2021.10.20)

両親は、東大阪出身。父は、大和高田市でガソリンスタンドの商売をしていた。私は、大和高田市の愛恵幼稚園出身。片塩小学校、片塩中学校に通った。大阪の明星高校に行きたかったが、入試で失敗して、香芝高校に入学した。桜井高校に行っていたら、もっと桜井ロータリークラブ内で話が盛り上がっていたと思うのだが。高校時代は、歌手の石川秀美ちゃんの親衛隊に入っていた。そのおかげで、いろんな芸能人に会えた。追っかけもしていたので、早朝から大阪まで出かけることも多々あった。そんな高校時代を過ごし、その後、天理大学のインドネシア語学科に入った。友人には、ガソリンスタンドを親が経営しているので、ガソリン輸入の関係でインドネシア語を勉強していると思っている人も少なくなかった。大学時代は、友達もたくさんいて本当に楽しかった。クラブは、ダンス部に入った。ダンスより大会の司会ばかりしていた。後輩からも「平井先輩のダンスは見たことがない」と言われていた。現吉本興業社長の岡本さんが同じゼミにいた。アメリカンフットボールの花形で、泣いたり笑ったり感情が豊かな人だったこと、頭がとても良かったことを覚えている。

その後、実家を継ぐ前に修行を兼ねて、一光(ガソリンスタンド)に就職し、初めて一人暮らしをした。バブル時代だったこともあり、全てが華やかで、羽振りもよく、周りの友達は、充実している日々を送っているように思えた。そんな時代に反し、私の業界は、仕事内容もハードで、「なぜ、自分だけこれだけ厳しい世界にいるのか」と思った。母に言わせると「あんたは、あの時が、一番かっこよかったわ」とのことだった。

父が、病気で入院し、いよいよ実家を手伝うことになった。大阪では、20人ぐらいの従業員をしたがえていたが、実家に帰ると自分が働いていた環境とは違っていた。私との考え方の相違で、従業員のほとんどは辞めていった。当時、元売メーカーはこぞってガソリンスタンドを増やすことを行っていた。ガソリン業界にも高校野球のようにスカウトがあって、平井石油にもスカウトがやってきた。それは、25歳の時のことだった。自分の結婚2カ月前にマーク替えをした。つまり、コスモ石油から三井石油に転籍した。そして、2店舗を増やして4店舗になった。その頃、特石法の廃止も伴い価格競争が激化し利益も取れなくなった。さらに経費などもかさみ、赤字が続いた。そんな時、父親が脳幹出血で倒れた。そして借金を持って2カ所のガソリンスタンドを撤退した。人生で一番辛い時代が10年ほど続いた。そのころ、北口パスト会長と出会い取引方法など協力して頂いた。笑い話をすると、その頃30歳過ぎから徐々に髪の毛が薄くなった。

北口パスト会長がロータリークラブへの勧誘に故西川パスト会長、内田パスト会長と来られた。入会する気はあったが、少し、返事をのばしており、ロータリークラブのパーティの時、内田さんの腰に手をまわしデュエットしたのを機に、入会を決め、その意思を伝えた。

息子も医者になり、娘も先生をしていて、平井石油の後継者もいないので、現状を維持していこうかと思っていたが、桜井ロータリーの諸先輩方を見ていると、もう一回、頑張る気持ちになり、ここで初めて発表するが、買取専門のお店、おたからや古市店(大阪府)をすることにした。8月3週目には、横浜まで研修に行った。スタッフは、橿原観光ホテルの元従業員さんをスカウトした。

これからガソリンスタンドの業界は、右肩下がりになっていくと思うので、新ビジネスを決断した。

11月6日土曜日、『おたからや』古市店がグランドオープンする。平井石油のプロデュースである。

これからも仕事とロータリー活動に精進していきたいと思うので皆様よろしくお願いいたします。